ブラインド問題   Entrance to the Blind Problem

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深夜の摩天楼で銃が乱射された。犯人は車を走らせ、機関銃のように撃ちまくった。 

偶然一人の少年が、自宅で銃声を録音していた。

警察はそのテープを入手したが、わわっわ〜んゎ〜〜わ〜ゎわ〜んっんゎ〜 という音だけ。 なんとかして、銃撃の間隔や回数を割り出そうと考えた。

銃の発射音は反射・回折を繰り返し、長くこだまを引いて少年の部屋まで到達する。

反射・回折の様子は時間とともに変化し、復元することはできない。

銃を携帯電話、録音機を基地局と考えれば、これはまさに移動体通信と同じ問題です。 一般に、

システムの出力だけから入力(またはシステム)を推定せよ

ということになります。 このような問題を ”ブラインド問題 ( Blind Problem )” と呼んでいます。 移動体通信のみならず、有線通信もまったく同じですが、通信は本質的にブラインド問題なのです。

 ブラインド問題は、なんの付帯条件もなしに解くことができません!

注1: ブラインド問題の研究は広い分野にわたっています。 その発端は、通信と地震学にありました。 このページは広いブラインド問題(脳波解析を起源とする独立成分分析を含む)の入口ですが、以下では、分かりやすい1入力1出力(入力の自由度=出力の自由度)のケースでブラインド問題の例を紹介します。 ブラインド問題の世界へはブラインド問題小史から入ってください。

たとえば、システムは入力 倍して を出力するとします。 われわれは

の左辺だけを受け、右辺は隠されています。 一般に、左辺から右辺の二つの変数を求めることはできません。 でも、もし入力が二つの値

しかとらないことと、 が正であることが予め分かっていたら、 から も  も確定することができます。 では、チャンネルに記憶があると(銃声が長く反響を繰り返すと)、どうなるでしょうか? 話は簡単ではなさそうだけど、ちょっと見てみましょう。 送信データを2値()とし、このデータ系列を

で表します。 下付きの添字 は時刻を表します。未知システムは線形であり、そのインパルス応答(冒頭の例では、一発の銃声のこだまに相当)が2時刻で終わるとします。 そうすると、受信信号は

のように与えられます。 もちろん右辺は隠されています。 

この場合、 から、右辺の4つの変数を当てることができるでしょうか?

右辺に含まれる送信データの組み合わせは

の4通りですが、これらすべてについて、を適当に選んでどんな受信信号

の右辺で作ることができますね。 したがって、すべての組み合わせが送信された可能性があり、送信データを一意に特定することができません。 それでは、もう一つ時刻を足してみましょう。

上の連立一次方程式に含まれる送信データのパターンは次の8通りです。

これらのパターンが送られたと仮定して、上の連立方程式を満たす解 があるかどうかチェックしたいのですが、ちょっと複雑ですね。 下図はこの操作の意味を表しています。 下図のように、未知システムそものを推定することを”同定 ( Identification )”と呼んでいます。

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でも、ちょっと考えれば、やはりダメなことがわかります。 それぞれのパターンについて、行列

が正則(行列式が非ゼロ)と非正則(行列式がゼロ)に分類されます。 このうち、正則になるパターンは次の4つです。

このとき連立方程式はかならず解をもってしまいますから、この4つのパターンは無条件に送信された可能性があり、捨てることができません。 このことから、2時刻分の連立方程式でも送信信号を特定できないことが分かります。では、もう一つ加えて、

ではどうでしょうか? もう、複雑ですね。

 ケイタイするのに、こんな難しいことが必要なの?

と言いたくなります。 このような解法をブラインド系列推定 ( pdf <329KB> 信号処理学会、Journal of Signal Processing Vol.3, No.4, July 1999 ) といっていますが、これが解けないとケイタイすることができません。 しかし、実際に移動しながらケイタイを使っている以上、この問題はなんらかの方法で解かれているはずです。

このブラインド系列推定による逆問題も考えることができます。 すなわち、出力をある線形システムに入力して、未知入力が得られるようにすればいいわけです。 ちょっとややこしいですが、下図のようなモデルです。 このようにな問題を通信では等化 (Equalization ) と呼んでいます。 他の分野では、逆コンボリューション (Deconvolution ) とも呼んでいます。

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以上は、不確定な外乱を無視したモデルですが、
時変のケースも含め、広く実用されているViterbi algorithmやKalman filterの
ブラインド版の代数構造を意味しています。

さて、以上のような代数的手法をCATVやADSLなどの有線通信で推し進めようとると、実は絶望的になってしまいます。 その理由は、波形歪みや雑音などが小さい有線通信では小さなロールオフ率と大きな多値数で高速ディジタル伝送を実現しています。 パルスは30〜60シンボルぐらいの裾を引き、多値数は8以上になります。 受信信号は、たとえば、

のようになります。 こうなると、ブラインド系列推定のストーリーを繰り返す気にはなりませんね。 今度は、なにか統計的な手法でこの問題を解決しなければなりません。 ゆっくりと時間をかけて線形システムを推定しようというわけです。 もちろん、この場合でも入力信号になんらかの条件が必要になりそうです。 出力だけから統計的手法でシステムを推定する問題をブラインド同定と呼んでいます。 高速ディジタル通信では、等化が広く実用されています。 すなわち、インパルス応答

の逆応答を受信信号だけから統計的に近似します。 これをブラインド等化 ( pdf <173KB> 信号処理学会、Journal of Signal Processing Vol.3, No.5, September 1999 ) といっています。 等化器の出力は

ですが、ある統計的評価関数

が最小(または最大)になるように等化器の重み係数 を調整したとき、等化目標

    

が実現できるようにすることです。 このような解法が成立する十分条件の例として、次のようなものを挙げることができます。

    (1) 送信信号は I I D (Independent Identically Distributed) である。
    (2) 信号の値は正規(Gauss)分布ではない(注5参照)。
    (3) 逆システム(広く非因果的として)が存在する

これらの条件は、ブラインド等化の手がかりを暗示しています。 直感的にいえば

第一に、等化出力が I I D になるようにすれば必然的に等化目標が達成されるのではないか?

第二に、I I D 信号が線形システムを通過すると正規分布に近くなる。たがって、正規分布から遠ざければ、あるいは、送信信号の分布へ近づければ等化目標が達成されるのではないか?

ということです。 ブラインド等化のテーマは、等化目標を果たす非線形関数 を見つけること、および 等化目標へ大域的収束する(どんな初期状態からでも収束する)アルゴリズムを実現することにあります。 下図はブラインド等化のモデルを示します。

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以上を簡単に整理すると、下の表のようになります。

img13.gif

注2: システムの同定ができるならば、それから逆システムが簡単に算出できるので、等化を考える必要がないと思うかも知れません。 しかし、連続値入力信号の場合においては、同定と等化ではまったく違った統計的手法になってきます。 このことが、実現の容易さに深く関係してきます。 逆に、等化ができれば同定は必要ないと考えられます。 これも、移動体通信のように、レイリーフェージングによって逆システムの存在が保証されない場合には、どうしても同定法を選択せざるをえません。 
注3:
 このようなブラインド問題は、通信以外でも遭遇します。 たとえば、ボケた映像を元のシャープな映像に復元する問題もブラインド問題です。 送信信号を元映像、未知チャンネルを不完全な光学系とみなせば、まったく同じ問題になります。 歴史的には、この問題の糸口を開いたのは通信工学ですが、ほとんど同時に地震工学 (seismology) の分野でも盛んに研究されるようになりました。 現在では、材料力学、医学、経済学、環境科学にいたるまで、大変広い分野でブラインド問題が応用されてします。
注4:
 このエントランスページでは、入力信号も出力信号も一つであり、かつ、それらの自由度が同じであるケース、いわゆる SISO(single input single output) をモデルにしました。 多次元への拡張は、行列を係数とするベクトルの一次結合を扱うことになります。 たとえば、ダイバーシティー(あるいは、過剰サンプリング)などによって自由度を拡大するモデル SIMO(single input multiple output) や、1入力を異なるM系列でスクランブルして複数のアンテナで送り、同数個のアンテナで受信して1出力を得る MIMO (multiple input multiple output) がこれに相当します。 この応用では、multiple input と multiple output の自由度は同じです。
注5:
 前記した「ブラインド問題が解けるための3つの十分条件」は、SIMOのように、入力と出力の自由度が異なる場合には見直されます。
注6:
 独立成分分析は、混じりあった複数の入力信号を分離する問題ですが、観測信号が1次元ならば MISO (multiple input single output) ということになり、1次元観測信号に入力の自由度が含まれていなかぎり分離は不可能です。 複数個の観測機を備えるケースでは、MIMOと同じ問題になりますが、独立成分分析が対象とする信号源は統計的性質(定常性など)を明確に特定できないことが多く、通信のように万事が人工的に作られる場合と異なり、応用に当たって多くの困難があります。

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