一般化相関シンボル伝送    THP (Tomlinson Harashima Precoder)

index

注水定理の注5で触れたように、伝送路が周波数減衰特性をもっている場合にも、注水原理が適用できます。 これを実現する方法として二つを挙げることができます。 第一はOFDM、第二は相関シンボル伝送です。 このページでは後者に重点をおきます。

注1: 注水定理からの文脈として、信号電力に基づく最適化問題に限定する。 現実には、AMP/AGCやADC/DACなどのピーク電圧制限の拘束が入り、個別的かつ詳細な設計になる。 しかし、その場合でも、信号電力での基本原理を理解しておかないと、本質を見失う恐れがある。

注2: 送信信号の周波数スペクトルの上限が制限される場合は、各周波数において上限電力を目一杯送信することが注水定理の自明の解である。

まずは、簡単な例題について、チャンネルの情報伝送速度に関する直感を養うことにしましょう。 チャンネルの帯域を離散的に区分し、各区分の減衰量を自乗し、それを で表します。 このファクターを入れた注水定理は以下のように書けるので、 を雑音とみなして注水定理を適用すればよいことが分かります。

ここで、 はそれぞれ i 番目の区分(帯域幅=df )に配分される信号電力と雑音電力を表します。 

まず、次のような簡単な例題を当たってみましょう。 

               

として、

  と  

の二つのケースについて、送信電力 () を配分したときの情報伝送速度を見てみましょう。 次式の数値計算をしてみると、下図の青いカーブのようになります。

ここで黒い直線は、二つの帯域をまとめた PAM (Pulse Amplitude Modulation) の情報伝送速度

をプロットしたものです。 青いカーブの頂上では、どれも非常にフラットであることが分かります。 また、減衰が偏っている Fig.2 のケースでは、最適配分 () と等電力配分 () に大差がないこと、そして、帯域をまとめて使うPAMの情報伝送速度は低いことが確認できます。

次に、金属線伝送路を想定してみましょう。 AWGNを仮定し、8個の帯域に分割して、伝送路の減衰特性を下図のようにしてみます。 帯域の右端をナイキスト周波数(シンボルレート/2)とすると、30dBの減衰であり、金属線による高速伝送に近いモデルといえます。

各区分の雑音電力を 1/1000 としたときの は下のようになります。

これに総電力 を注水すると、下の青色のような最適配分になります。

そして、このときの各区分の相互情報量は下図のようになります。

上のダイダイ色の総和は情報伝送速度の理論限界を与えます。 この結果と、信号電力を均等配分をした結果と、全帯域を使ったPAMの結果を比較すると、下記のような情報伝送速度になり、やはり均等配分は最適に非常に近いことが言えます。 この場合も、PAMは大変劣っています。

    情報伝送速度の理論限界=28.449 ビット/シンボル
    均等電力配分した場合の最大情報伝送速度=28.031 ビット/シンボル
    PAMの場合の最大情報伝送速度=14.638 ビット/シンボル
     

以下、注水定理を実現する伝送方式の本題に入ります。 

まず、OFDM(または、DW-OFDM)の概略は次のようになると思います(他にも、いろいろ方法はありそうですが)。

    1. 注水定理によって、サブチャンネルへの最適電力配分を求める。
    2. 各サブチャンネルについて、
           
      を最大にする多値数 L を求める。 ただし、レベルに割り付けるビットパターン(トータルのビットパターンよりも短い!)はグレー符号を満たすように決めておく。 R は2値対称チャンネルのシャノン限界であり、下記で与えられる。 Pe はビット誤り率である。
           
      計算方法はディジタル通信の最高速度を参照。
    3. サブチャンネルの多値数を合計するとトータルのビット数が出るので、改めてトータルビット数のグレー符号を設計して、すべてのレベルに割付ける。
    4. 誤り訂正符号をサブチャンネルごとに実施する。 各サブチャンネルのレート R のバラツキが小さいので、全部のレベル判定結果をまとめて、単一の誤り訂正で済ませるとトータルの誤り率が著しく劣化する。

ブロック組み立てや誤り訂正など処理は大変複雑になるが、OFDMは(guard interval による損失をカウントしなければ)最高情報伝送速度を実現できる一つの方法と言えます。

注3: 以上はビット配分の理論的原理である。実際には、一定のビット誤り率を設定して、サブチャンネルをグルーピングして同じデータを配分したり、時間軸で同じデータを配分(CDMAでもよい)したり、などの方法をとることになる。

注4: 通信路容量ディジタル通信の最高速度から分かるように、ディジタル通信路容量はアナログ通信路容量に比べて低く見積もられる。

次に、THPによる実現を説明します。 まず、下図のプリコーダーと相関器は、任意の回路 F(D) に対して互いに逆システムになっています。

この逆システムの原理を利用したのがTHPであり、ブロック図は下のようです。 つまり、チャンネル応答をそのまま相関器にしてしまうという発想です。

上の図から、以下のことが読み取れます。

  1. 送信信号(プリコーダー出力)は鋸歯状関数によってほぼランダムになり、フラットスペクトルになる。 したがって、前記したように、最適に非常に近い情報伝送速度を実現する可能性がある(注2のように、送信スペクトルの上限が拘束されている場合は真の最適である)。 伝送路の減衰特性があばれると相関シンボル系列のレベル数が多くなる。”受信レベル数/信号電力”が大きくなるとレベル判定が急激に劣化するので、レベル数を少なくする工夫が必要。
  2. 受信信号は離散値をとるが、そのまま(受信スペクトルを加工しないで)レベル判定をしている。 このことは注水定理の本質である。 PAMもフラットスペクトルを送信するが、この場合は受信側でチャンネル等化をすることになって、スペクトルを変形してしまう。 情報伝送速度は、
           
    によって与えられ、非常に小さくなる。 dP は帯域区分当たりの送信電力であり、均一である。
  3. レベル数は伝送路のインパルス応答(サンプリング位相にも関係する)に依存する。  が小さいと、プリコーダーの帰還信号が大きくなりレベル数が多くなる。 一般のチャンネル応答は非最小位相推移であり、プリカーサーをもっているので、大きい は期待できない。

最高の情報伝送速度を実現したい。
そのために、
送信スペクトルをできるだけ低域に集め、
かつ、
受信信号が離散値を持つようにしたい。
この要請に応える”プリコーダーを備えた送信方法”は?
これは相関シンボル伝送の一般化問題になる。
未だ体系的な研究がなされていないと思われる。
注5 参照)

 

というわけで、ページの表題「一般化相関シンボル伝送」に立ち入るのは今のところ困難ですが、とりあえず、 が大きく、金属線のインパルス応答に似たものを作って(virtual model だけど!)、THPのブロック図をシミュレーションしてみよう。 

 

 

8値シンボルの場合

 

8値シンボルの場合 (受信信号のレベル数が60以上になっているが、
8値PAMで受信側等化するよりも情報伝送速度が勝る! 下図を参照。)

 

青色のカーブはTHPの情報伝送速度であり、8値シンボル伝送において最大になっている。 黒い直線はアナログ情報源で計算した通信路容量。 赤い直線は8値PAMの情報伝送速度を表す。 黒色がアナログ情報源であること(大きめに評価されること)を考慮すると、ディジタルでの最適にかなり近い性能を示していると言える。

注5: 1+F(D) の振幅特性を伝送路 H(D) の振幅特性の定数倍に等しくする。このとき、F(D)には位相の自由度が残っているので、この自由度を使って急減少応答を持つように設計でき、シンボルのレベル数を減少できる。チャンネルの位相特性と 1+F(D) の位相特性の和は受信側の等化器で吸収する。この等化器は送信相関シンボル系列を出力するように調整される。このとき、等化器の振幅特性はフラットになり、雑音の増幅はない。これは、THPの一般化の一つの糸口となる。実際、この一般化を上記の金属線に適用すると、レベル数を劇的に減少でき、大幅な改善が得られる。

注6:伝送路の減衰特性がマルチパスによって複雑な形状をしている場合でも上記ブロック図のTHP方式は良い性能を示す。OFDMやCDMAと異なり、ストリーム伝送であり、Fallbackなどの適応的ロバスト通信手段も容易に実現できる。

注7:OFDMもTHPも、伝送路特性に関して送信側を最適化しなければならない。伝送開始前に、このためのプロトコルが必要になる。OFDMではサブチャンネルごとのSNRの推定、THPでは伝送路スペクトルの推定が必要。雑音が非定常な場合は、SNRの厳密な推定は不可能。

トップへ