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<「見える化」が難しい通信技術> 画像処理や音声処理では、人間の感覚による主観評価が決め手となる。通信技術では、信号はそれ自体、意味を持たないので、評価の指標も一般の人には馴染みが薄い。それゆえ、一般向けメディアは、通信技術の用語を曖昧な概念で流し、いつの間にか、「高速なら○○方式でしょ」とか、「ロバスト通信なら○○方式でしょ」と納得させてしまいます。納得させられた人が多くなると、会話が抽象的かつ独断的になって、実証実験から本質を追及するプロダクトの場が外へ逃げてしまいます。
<通信は階層構造> 通信技術は大雑把に言って次の3層からなります。技術項目によっては、どこに属するかが明確でない場合もありますがが、「物」を作る段階で、各層の設計はそれぞれの専門家に委ねられるため、層間で設計パラメータを受け渡さないことが原則となっています。また、最終的な実証実験で、どこに欠陥があるかを判断するためにも、下記のような階層構造が必要です。
一対一の通信技術(物理層)
局所的な領域で1対NまたはN対Nのアクセス技術(MAC層)
局所的にまとめられた情報を遠隔ノードへ送るネットワーク技術(ネットワーク層)
<伝送障害> 通信の目的、媒体、標準規格などが明確になると、先ず物理層の設計に取り掛かることになるが、このときMAC層も視野に入れて、両者の基本設計が進められます。伝送障害を克服する物理層の設計からスタートし、その上の階層の土台となります。光ファイバー(乱弾雑音)を除けば、伝送障害は次のように分類することができます。
雑音もインピーダンス特性も定常な場合は、シャノンの一般理論が確立されていて、伝送方式に応じて最適設計すれば、理論的優劣は生じません。あとは、ハードウェアの仕様(メモリーの大きさ、演算回路の規模、消費電力など)やMAC層がらみの理由から差異が発生するだけです。設計のポイントは、『伝送障害が悪ければ伝送速度を落とさなければならないし、良ければ高速伝送をしたい。そのときの伝送障害に応じて、常に最適(その伝送障害に対して最高速度)になるようにしたい』と言えます。このとき、送信側と受信側で伝送速度を更新するための打ち合わせプロトコルが必要になります。このプロトコルはMAC層で扱われますが、頻繁な更新はかえってスループットを低下させてしまいます。 雑音やインピーダンス特性が非定常な場合は、シャノン理論がそのまま通用しません。程度の差はあれ、実用では非定常のケースは少なくありません。
<時間・周波数の平面> パルスは不確定性原理に縛られます。時間幅を広げれば周波数幅が狭くなり、時間幅を狭めれば周波数幅が広がります(不確定性原理、周波数分析を参照)。物理層の設計の第一歩は、このパルスのタイプと配置を決めることです。図1に、いくつかの基本配置を図解してみます。これを「パッチワーク」と呼ぶことにしましょう。図1の4辺形のセルが1つのパルスに対応します。すべてのセルに送信データの1ビット(2値=±1)を配分して送る場合を「基準伝送速度」と呼ぶことにします。すべてのセルに2ビット(パルス振幅が4値=±0.5±1.5)を配分すれば伝送速度が2倍になります。また、隣接した2つのセルを結合して、1ビットを配分すれば、伝送速度が半分になりますが、パルスの電力を2倍にできるので、雑音に強くなります。さらに、伝送障害のタイプに応じて、下図の基本配置を組み合わせることや、複数のセルを自由に結合することや、セルごとに違ったビット数を配分することもできるでしょう。

図1
仮に、送信信号の電力が制限されていて、チャンネルが透明(減衰特性がフラット)で、雑音の短時間スペクトルが常に図2のようだとします。周波数分割またはウェーブレット分割では、低域を捨てて高域にビット配分して対応できます。時分割では、低周波成分の少ないパルスで伝送するか、または、複数セルを結合してパルス電力を上げて対応します。

図2 自動車の走行騒音の短時間スペクトル 横軸は時間、縦軸は周波数。暗い領域は雑音が小さい。
伝送障害が非定常なときは、予め短時間スペクトルを知ることができないので、どのようなパッチワークを下敷きにしたらいいか判断できません。傾向として、インパルス雑音が多い場合は周波数分割が有利、狭帯域干渉が多い場合は時間分割が有利といえるでしょう。インパルス雑音と狭帯域雑音が混在した場合は、チャープ分割が面白いかもしれません。しかし、これといった特徴がない場合は、手がかりはありません。加えて、SNRが非常に悪いとき、低速でもいいから、耐性の高い(ロバスト)通信を要求された場合はどうすればいいでしょうか? たとえば、下図は音楽の例ですが、この上に、微弱送信パワーの低速ロバスト通信を成功させる例題も面白いでしょう。
 図3 Jazz音楽の短時間スペクトル
<送信信号の最適化と標準規格> 受信器は伝送障害を克服する多種の適応制御回路によって構成されますが、定常な環境では、送信側も適応的に最適化することができます(注水定理)。受信器は伝送障害を計測することができ、この情報を送信側に伝えて、伝送障害に強い信号を送ります。周波数分割ではサブキャリアに対するビット配分、時分割ではTHPなどの手段があります。このとき、送信側と受信側の打ち合わせプロトコルが必要になるので、MAC層の負担が増大します。伝送障害が非定常性なときは、このプロトコルを頻繁に実行することになり、結果的にスループットが悪くなる恐れがあります。 伝送障害とは別に、標準規格によって送信信号が制限される問題があります。下表の4つのいずれかのケースが考えられ、それぞれの設計思想は異なってきます。

表1
<TDM,
OFDM, CDM> TDM (Time
Division Multiplex), OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplex), CDM (Code
Division Multiplex)のような呼称は、最後にM (Multiplex)が付いているので、多重方式を意味しています。しかし、ユーザが一人の場合は、多重は意味がないので、単なるデータの変換方式を指します。 図1では、OFDMを正弦波の加算という意味で表現しましたが、有限長の送信データ系列を逆離散フーリエ変換して得られる系列を時分割で送るとすれば、高速フーリエ変換を適用でき、アルゴリズムの演算量が劇的に減少します。このように考えると、実際の信号はすべて時間軸でなければならないので、OFDMやCDMは、データ系列を直交変換して、時分割で送る方法と看做すべきです。

図4
ここで、直交変換を何回施しても直交変換なので、たとえば、CDMした結果をIFFTしても直交性は失われません。直交変換した結果を伝送したら、受信側ではその逆変換をして青色のベクトルに戻します。もし伝送障害を受けると、逆変換しても正確に青色のベクトルに戻らなくなります。しかし、OFDMの場合、逆変換はフーリエ変換なので、信号も伝送障害も我々が親しんでいる周波数スペクトルに変換されるので、いろいろな適応信号処理を周波数領域で設計できます。一方、CDMでは、そのような物理的意味が希薄なので、逆変換する前で(時間領域で)、伝送障害の処理をしなければなりません。なお、直交変換は任意の2つの信号のユークリッド距離を不変に保ちます。したがって、多数の信号の集合から、ある信号に一番近い信号を選ぶ判定は、変換前と変換後でまったく同じです。
<設計目標> 図4の3つの方式が、表1の4つのケースにおいて、どのような特徴をもつかが重要な問題です。その考察は、伝送障害が定常な場合と非定常な場合の大分類について行うことになるので、改めて下記のページでまとめます(構想中!)。
定常伝送障害での伝送方式 非定常伝送障害での伝送方式
通信の設計目標は、大まかに言って、
高速伝送に重点を置く個人向け応用
速度を犠牲にしても高信頼性に重点を置く産業向け応用
の2つがあります。定常伝送障害のケースでは、どんな伝送方式であれ最適設計の道筋が一意的に決まり、下図の全域(低速から高速まで)に渡って、理論的性能に大きな差は生じません。しかし、非定常伝送障害では、障害の大きさやその性質は実に多様であり、設計目標が極めて重要になってきます。

図5
<回路の複雑さ> 演算量は、概算として次の式で表現できます。
はブロック長です。 は伝送障害を補償する演算(等化、整合フィルタ、同期検波など)で、特に等化器(または整合フィルタ)のタップ数が支配的になります。直交変換の性質から、 と看做してよいでしょう。 は積和演算で、 は加算です。したがって、 と看做せます。 はブロック同期の処理です。TDはストリーム伝送なので、 は不要です。 または が大きい場合はFDが有利になります。ただし、TDの等化器や整合フィルタの畳み込み積分(convolution)はFFTで書き直すこができ(overlap-add method)、ストリーム伝送の特長を保持しながら演算量を削減することができます(参考資料pdf)。 しかし、LSI化を前提にすると、単純に演算量だけで評価するのは不安です。カスタム化の容易性やCPUの必要性など、多くのファクターを考慮する必要があります。
以上は物理層だけを見た場合ですが、MAC層とのインタフェースにおける複雑さも重要です。ストリーム伝送は誤り訂正(ブロック符号)やフレーム組み立てが自由に実行できますが、ブロック伝送ではこの自由度が失われます。この自由度が無いと、伝送速度の制御(Fallback)に対応する誤り訂正やフレーム組み立てのアルゴリズムが非常に複雑になりそうです。
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